「デメキング」映画化のご感想は?

映画化のお話をいただいたのが、完結版を出してから数ヶ月後だったかな、意外でしたね。

自ら脚本をされたということで、作中では田ノ浦少年探検隊にスポットが当てられた意図は?

もともとは原作者が脚本にタッチするのも変なので関わらないつもりだったんですけどね。そもそも未完だったということがあって、監督と話をするうちに、完結させるためにはこういう作りにしなければいけない、という考えがあって提示したのがきっかけですね。
『デメキング』はジュブナイル・ストーリーなので、原作の方でも蜂屋が脚光を浴びているように見えるけれども、少年期の話としてまとまりを付けよう、ということですね。亀岡が中学2年から高校1年生までの2年間で、亀岡が現実逃避の探検団から将来のことを漠然と考えはじめた、という青春譚として描こうと。監督も人に説明する時は割と普通の青春ものとして話している、と言ってましたね。SF的なファクターが入っているからごちゃごちゃした感じかもしれませんけど。
オープニングは蜂屋のシーンから始まってますが、むしろ柔道場に亀岡が現れるところからが本編の始まりだと思いますよ。

蜂屋のキャラクターは何も考えてないある種いまの若者と大差がないように見えますが、どういった意図があったのでしょう。

何も考えていない、ということではなくて何を考えているか分からない、正体不明というキャラクターです。それは最後まで明かされないんですね。
亀岡たちが正体不明の男と出会って、何か起きるんじゃないか?という期待感を描いたわけです。 今の若者、という話ではないですが、お父さんにアルバイトじゃいかん、と言わせましたけど、それは実際、正論だと思いますよ。

今回「デメキング」がその姿を現していますが、どのように感じましたか?

僕がデザインしたので、よくできているな、と。原作では蜂屋が見たイリュージョンということではっきりとしたものは出ていないので、映画という視覚表現ではきっちりと出そうと。かわいらしい姿だなと感じました。

なだぎ武さんら、キャストについて、ご感想を。

実は、なだぎ武さんは最初はイメージが違ったんです。若い頃の、マカロニ・ウエスタン作品に出てた頃のクリント・イーストウッドみたいなイメージがあったので。でも、ずっと見ているうちに馴染みましたけどね、その正体不明な感じとかね。
亀岡役の喜安くんはオーディションで彼しかいないだろうってことで満場一致の即決でしたね。いちばん小さい伊藤竜馬くんは自転車に乗れなくて現場は大変だったみたいですよ(笑)
本上まなみさんら脇を固めてくれている人たちはピンポイントでちょこちょことしか出てこないのがいいアクセントにはなりましたね。まぁ女の人が絡んでくると探検団は探検に行けなくなっちゃうのでしょうがないですね(笑)

いましろたかしさんにとって、『デメキング』は自分の中でどういった位置を占める作品でしょうか。

描いたのは20年近く前なので、自分でも不思議ですね。どうして今デメキングなのかな、という気もしますし。
小学生と中学生、蜂屋の高校生、縦の世代が一緒に遊ぶ、ということ自体がいまやファンタジーになってしまったけども、自分がそうやって過ごしてきたのと、僕が高知出身で地方を引越しして回ったなかで、デメキングは港町を舞台にしたかったというのは作品中に反映されているとは思いますね。

最後にこれから映画を見る、という方にメッセージをお願いします。

『デメキング』を観て、みんな冒険をしてほしい、探検をしてほしいですね。
家族連れでだとどうだろうとは思いますが、内容的には小学校高学年から観られると思いますし、やっぱり若い人たちに観てほしいですね。そして探検してください。